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think big start small

経済学者を目指す大学院と証券アナリストのわらじをはくひと

政治家はだれのために行動するのだろうか

一旦、書いた原稿が消えてしまった。思い出して書きたい。

 

政治家の多くは、国民国家、県民市民のために、「力を尽くします、清き一票を」と選挙演説をしている。彼らの発言を、国民は重く受け止める傾向があり、一貫性が重視される。

しかし、彼らは、政治生命を第一に考える。つまり、次の選挙で勝つかどうかだ。利害関係者の支持を取り付けることは支持母体の組織票にあるが、近年は選挙にいかない無党派層への呼びかけが盛んである。投票率を上げることができれば、多くの場合、多数派の候補者に票が集まる。(投票者は自分の票を死票にするのを嫌う傾向にある。強い政治信条を有している場合を除く)そこで、特に、過激な発言、壮大なマニフェスト、マスコミの支持、キャラクター作り、などなど民衆に訴えかける。

 

そして、地元への見返りも忘れない。

例えば、鹿児島県候補者を考えたい。詳しい契約理論はわからないので、私見を書けば、鹿児島県国会議員は、たばこがどんなに嫌いでも、たばこにどんなに健康の害があることを認識しながらも、一貫して、たばこ税の増税には反対することで、知られる。いくら自民党の出身でも、たばこ税増税案反対に票を投じている。そう、鹿児島県には日本のほとんどのたばこ農家が集まっているのだ。(反対したことをマスコミは好意的に、党議拘束にかかわらず、政治家が政治信条を貫いたと報道する傾向もあるのだが)

また、選挙前には、増税を棚上げし、年金減額の先送り、臨時福祉給付金ような金のばらまき、そして公共事業などが、いくら批判されような行われる。まともに財政再建を掲げ当選することは難しい。彼らも高齢者が選挙に行き保守的な政策を支持し投票し、若者たちは投票所さえ行かないことを知っているからだ。事実、当時の民主党は、政権交代で失策が続き、唯一の功績といえば高等学校の無償化くらいであろうか、原発事故や震災の処理に無策をしたため、消費税増税を掲げた当時の野田克彦総理は総選挙で負けている。

投票者も納税負担を嫌い、一方で、自分の利益になるか考えているのだ。例えば、北朝鮮拉致事件がある。国家としては解決を望んでいる。ただ、だれも解決を反対はしないが、有権者の関心は低く、自己の利益になるかと考えたとき、拉致事件の関係者を除いては、わざわざ投票するかは疑問だろう。